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未病

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バブルの時代、働き盛りのビジネスマンに脳卒中や心筋梗塞で突然亡くなる人が相次ぎ、「成人病」と呼ばれていた。その後、生活習慣病のエビデンスが次々に発表され、人間は体質や老化を抱えて生きる存在だと科学的にも証明されたが、「病気や死は負けること。徹底的に治療するのが正しい。元気な時には考えたくもない」という価値観は、今も私たちの心のどこかに残っている。

しかし、すべての病気には「未病」の期間がある。私たちは自分の体調をいち早く知って、未病をきっかけに、暮らし方を変えよう、食生活を考えよう、運動しよう、と気をつけることで、生きる姿勢も変わってくるのではないか。たとえ虚弱であっても、医学の恩恵を活用しつつ自分の体質やストレスや老いと共存してそれなりに元気に暮らせたら、それも幸福なのではないか——30年ほど前、福生吉裕医師は脳血管疾患や動脈硬化の専門医の立場から「未病」の概念に行き着いた。福生医師の考える「未病」には、西洋医学の脂質異常症や未破裂の動脈瘤がある状態も含まれる。私たちの健康を守るには、痛くも痒くもないのに健康診断や画像診断で異常が見つかった「西洋医学的未病」を見逃さないことが大切だ。自分の弱みや病気の可能性をターゲットに未病ケアを続ければ、多くの人が健康寿命を延ばせるし、国民健康保険の費用対効果も改善する。

今や日本中の自治体が未病対策に取組む時代。日本未病システム学会は医学的な「未病」の指針として「未病の値(ターゲットになる検査値)」を提案した。「有志と学会を立ち上げて25年、『未病』という言葉は広まったが、日本の社会に根を下ろすには、さらにエビデンスが必要だ」と語る日本未病システム学会理事長の福生吉裕医師にお話をお聞きした。

未病

――日本未病システム学会は、脂質異常症や未破裂の動脈瘤を「西洋医学的未病」というのですね。先生はこれまで患者さん達に、どのように「未病」を伝えてこられましたか。

福生 私たちの考える「病気」とは、自覚症状も検査での異常もある状態です。現代は医療技術が進歩していますから、自覚症状がなくてもコレステロールや血圧や肝機能などの異常は検査値で、未破裂の動脈瘤なども画像診断で見つかります。こういう西洋医学の恩恵(西洋医学的未病)と、若い頃から自分の体調に気を配り病気の芽を摘んでいく東洋医学の知恵(東洋医学的未病)を足せば、セルフプリベンション(自己予防)の幅が大きく広がります。未病との出会いを確信させたのは、脂質異常症の薬を患者さんに飲んでいただくときの説明でしたね。30年ほど前、日本人の死亡原因第1位だった脳卒中をいかに抑制するかは私たちの大きな課題でしたが、自覚症状がない脂質異常症の患者さんに、いかに薬を飲んでもらうかに苦労しました。その時にしたのが「脳卒中の未病は動脈硬化、そのまた未病は脂質異常症」という説明です。未病という説明は患者さんにとっても非常に分かりやすかったと思います。

――福生先生はいろいろな場面で「未病システムで国民健康保険制度を守りたい」と発言しておられます。日本の医療費の適正化に「未病」がどう関わるのですか。

福生 国民健康保険制度が始まった1961年には65歳以上の高齢者は16人に1人でしたが、2016年には4人に1人になり、国民医療費は41兆円を突破しました(注;1973年には4兆円)。医療費が高額化した主な原因は深刻な少子高齢化と医療費の高額化ですが、「健康か病気か」で二分する医療システムにも問題があります。今、大切なのは「未病」という状態のパイを拡げて、発症前の患者さんを支援すること。特に高齢者はフレイル(加齢で弱っていくこと)という未病になりがちですから、未病のまま自宅で穏やかに暮らせる教育も必要でしょう。今の医療経済の状況を考えると、この未病期間のコントロールこそが長い目でみた健全な長寿社会の延伸、ひいては日本の医療費の適正化につながります。団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて、国の地域包括ケアシステムが動き始めました。一歩進んだ感がありますが、病気状態から始まる包括システムはいかにシームレスであっても機能不全に陥る懸念があります。

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