ドクターズガイド

再生医療

運動機能よ甦れ!脊髄再生医療に挑む


iPS細胞の登場以来、従来は治せないとされていた疾患やケガの治療に大きな光が差し込んでいる。その1つが脊髄損傷の治療だ。脊髄や神経は、骨や皮膚とは異なり再生能力が乏しいため、完全に損傷された場合には再び機能を取り戻して修復されることはほとんどない。たとえほんの数ミリでも、切れた神経線維は繋がらず、動けないまま生涯を終えるのが、かつては患者の運命だったのだ。
しかし、脊髄再生が可能になりつつある今、状況は一変。「再び動ける日がやってくる」という希望を胸に、患者も医師も、治るための準備に取り組んでいると言う。今や時間の問題となった脊髄再生医療の実現を前に、患者や家族に出来ることは何か。脊髄再生医療の最前線で、臨床医の立場から治療と研究に取り組む中村雅也医師に話を聞いた。

2014年4月 現在


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-脊髄損傷とはどんなケガなのでしょうか?

脊髄とは、脳と体をつなぐ中枢神経のことであり、ケガ等によるこの部位の損傷を脊髄損傷といいます。損傷を受けた部位以下の脊髄が麻痺症状を起こすため、部位が脳に近いほど麻痺する部位は広範囲となります。脳からの命令が完全に伝わらなくなって動けなくなる「完全型」の場合、一瞬にして、手足は動かなくなり、感覚も全くなくなります。何が厳しいかって、脳挫傷とは違って意識は正常なので、自分のおかれている状況もすべて理解できます。だけど人の手を借りなければ何もできなくなってしまい、その状況が一生続きます。昔は、合併症が起こりやすいため、患者さんの生命予後は短かいものでした。しかし今は、集学的な治療法の進歩により、生命予後はほとんど健常者と変わりません。だけどその分、苦しみは続くわけで、患者さんにとっては極めて厳しい状況と言えます。

脊髄の中に神経が仮に100本あるとしたら、人間が手足を動かすのに必要な、活動している神経は決して100本全部ではありません。実は、脊髄の神経のうち、わずか5%でも神経がつながっていたら歩けるんです。

僕は脊髄の腫瘍の手術もしていますが、紙切れみたいなペラペラの神経だけでも残してあげれば、訓練次第ではジョギングもできるほど回復します。100本すべてではなく、5でも10%でも移植した神経によって失われたネットワークを再構築できれば、繋げれば、歩けるし、動けるようになるんです。

-脊髄損傷の治療に、先生が取り組んだきっかけを教えてください。

僕は整形外科医であり、臨床家です。整形外科医になったのは、大学時代に起きてしまった「事故」がきっかけでした。

2年生の冬。バスケットをやっていた僕は、クラブのみんなとスキーに出かけました。そこで、1年下の後輩が転倒し、脊髄損傷になってしまったのです。当時はまだ、脊髄損傷がどういうケガで、その後どうなるかということはまったく見えていませんでした。実際に彼が目の前で転んだときは、「何やってんだと早く起き上がってこいよ」と笑っていたのです。ところが彼は雪のなかに埋まったまま、ぜんぜん動かない。これはまずいと慌てて助け出し、救急隊と一緒に慶応大学病院まで運びました。3時間以上かけて、救急車で。

ようやく病院に着いて、講義を受けていた先生が駆けつけてくれたとき、「これで治る、もう大丈夫だ」と僕は思いました。

でも、ぜんぜん大丈夫じゃなかった。

その後彼は手術を受け、僕らは学年末試験が始まって、普通の生活に戻っていきました。3か月後、月ヶ瀬のリハビリテーション病院に移ると聞き、「もうリハビリできるようになったんだな」とうれしく感じました。

さらに3か月して、病院を退院したというハガキが届き、僕の下宿先と彼の実家が近かったのでお見舞いに行きました。

玄関を開けて、入った瞬間に受けた衝撃は、生涯忘れないと思います。彼は顎で電動車いすを操作して出てきたのです。退院を知らせるハガキは、手ではなく、顎でカーソルを操作して打っていたんです。
「あぁ自分はなんて能天気なんだろう。でもなんで、治せないんだろう」と思いました。こんなに医学が進歩したのに、どうしてこんなケガが治せないんだと。

彼は1年生で、これから医者になろうと夢を持って慶応大学に入学し、わずか半年でそうなってしまいました。夢を断念しなくてもいいように、なんとかしてあげたいと署名を集め、医学部に提出しましたが、時代が追い付いてなかった。転部を余儀なくされ、彼の人生はまったく変わったのです。

それで僕は、整形外科に進むことを決め、脊髄損傷の研究を始めて、知れば知るほど、本当に治せないんだと思い知らされました。

-でも、iPS細胞の登場で光が見えてきた?

はい。90年代前半から脊髄の研究を始め、いろいろと取り組んでいる中で行きついた一番大きな成果が、京都大学の山中伸弥先生との共同でやらせていただいている、iPS細胞を使った脊髄再生移植の研究です。

今まで中枢神経である脊髄は、ひとたび切れたら決してつながらないと言われていました。しかしiPS細胞を使い、環境を整えることで延ばす方法の開発に我々は成功しました。既に、霊長類である猿の治療にも成功しています。ほとんど動けなかった猿が、ケージを飛び移れるほど回復した姿を、僕はこの目で見ました。

まだ研究レベルではありますが、霊長類の脊髄損傷に対して、人のiPS細胞から誘導した神経のもとになる神経幹細胞を移植することでそれだけの機能改善が得られることが分かったのは素晴らしい進歩です。



-その方法を人間の治療に持っていくには、どのような課題がありますか?

やはり安全性の確立ですね。僕は臨床家なので。

もちろん再生医療で、世界初の治療を成功させたいという気持ちは強く持っています。だけど本当の基礎の研究者と臨床家である僕の一番の違いは、常に患者さんたちの顔が脳裏に浮かんでいるということです。世界の医療に貢献するなんていう大きな話ではなく、ひとり一人の患者さんが脳裏に浮かんでくるんです。「自分のところへ訪ねてきた、この人を治したい」と思っているんですよ僕は。脊髄損傷の悲惨さや厳しさを知っているので。

患者さんたちのことを考えるとやはり、安全性を絶対にクリアーしたいと強く思います。早く治療に使いたいけど、どこまで詰めれば安全性が完全にクリアーできるのか、相反する想いの狭間で研究を進めています。

技術的なレベルでは、患者さんの身体に入れてもいい安全な細胞の製作は既にできています。あとは安全性をいかにクリアーするかという、最終段階に来ています。

-あと5年以内には実現できると聞いています。

実は、ずっと「あと5年」と言ってきました。なかなか思い通りには進みません。ただ間違いなく一つ言えることは、山中先生のノーベル賞受賞以来、確実に加速しています。慶応大学にもセルプロセッシングセンターができましたしね。1か所作るだけでもすごい労力と資金を必要とする施設が、わりとスムーズにできたことで、実現への道を数年は短縮したと考えて間違いありません。あと3年以内には、患者さんの治療に入りたいと思っています。

-山中先生のノーベル賞受賞以降、患者さんは増えましたか?

脊髄損傷と他の病気、たとえばパーキンソン病等との一番の違いは、代替の治療法はないということです。薬だとかほかの治療法はあるが効果がイマひとつとか言うのとは違って、脊髄損傷で動けなくなった人を、現代医学は治すことはできません。患者さんは本当に藁にもすがる思いで、やって来られるのです。

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中村雅也先生(医師情報 ⇒)

慶應義塾大学病院 整形外科 准教授
専門は脊椎脊髄一般、脊髄疾患、脊髄腫瘍、脊髄再生。
慶應義塾大学医学部卒業。1998年 – 2000年 ジョージタウン大学(アメリカ)留学。慶應義塾大学専任講師(医学部整形外科学)、京都大学再生医科学研究所非常勤講師を経て2012年6月より現職。