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あいまいな症状でつらいときには甲状腺疾患を疑おう

-代表的な病気は、バセドウ病と橋本病

心臓や腎臓と同じように甲状腺は体になければいけない重要臓器の一つ。 首の前面。喉仏の下で蝶が羽を広げたような形で存在し、"元気の源“ともいえる甲状腺ホルモンの分泌をつかさどっている。

「ホルモンを分泌する臓器には、甲状腺のほか、副甲状腺、副腎、脳下垂体などがありますが、なかでも甲状腺は一番大きく、なおかつ、そこで起こる病気は、ほかの臓器よりも遥かに頻度が高いと言えます」と甲状腺疾患の専門病院『伊藤病院』の伊藤公一院長は解説する。

甲状腺の病気には、「働きの異常」と「形の異常」がある。 「働きの異常」は、すなわちホルモンの分泌障害であり、ホルモンが出過ぎる「甲状腺機能亢進症」と不足する「甲状腺機能低下症」がある。

前者の代表は「バセドウ病」で、甲状腺ホルモン分泌過剰により、体の中のエネルギーが"空焚き″されたような状態になる。
「代謝が活発になり過ぎるため、とにかく暑がりになり、汗をかく。手足が震える。動悸がする。食欲が増し食事をとるのにやせてくるなどの症状をきたします」
なお、バセドウ病といえば「眼球突出」のイメージがあるが、必ずしもこの症状が出るとは限らない。

一方、後者の代表は「橋本病」。甲状腺ホルモンの分泌減少により、全身の代謝が低下するため、寒がりになる。むくむ。無気力になる。食欲がないのに体重が増えるなどの症状が起こる。

甲状腺の腫れ、しこりなどの「形の異常」で問題になるのは腫瘍だ。圧倒的に頻度が高いのは「腺腫様甲状腺腫」という良性腫瘍である。悪性腫瘍でも大多数は「乳頭癌」という性質のいい癌だが、中には「未分化癌」という非常に危険な癌もある。

-疑わしいときには専門医で検査を

推定500万人と、患者数が多い割には、甲状腺疾患はなかなか発見されにくい。というのも、その症状は多彩な上に、すべてが漠然としているため、これこそが甲状腺のホルモンの異常によるものだというものがないからだ。
「ズバリ甲状腺の病気というサインがないのが問題です。女性に圧倒的に多く起こるということより更年期障害や、うつ病、心臓病ではないか…というように様々な診療科をさまよい、専門医にたどりつくまでに時間がかかってしまうことがあります。女性の方で、なんとも疲れやすい、体重が変化してきたなどの症状が出たときには、是非とも甲状腺疾患を疑って、悪くなる前に検査を受けてください」
そう伊藤医師は訴える。そこで、いったん専門医の診療現場にたどり着けば、あとは、すぐに結果が出る。専門病院であれば、受診から1時間以内に病気の有無、種類、重症度までの診断ができる。

検査の主軸は2つ。
1つは採血で、僅かな血液量で甲状腺ホルモンの分泌状況、自己免疫の異常をあらわす抗体価の存在有無が確認できる。甲状腺の病気は、自己免疫疾患の一種だからだ。
もう1つは超音波検査。甲状腺の形、大きさを見ることで、腫瘍がある場合には良性か悪性かの見当もつく。悪性と疑われる場合には、直接腫瘍に注射し、細胞を採取し、顕微鏡で診断ができる。
「日本人の甲状腺ガンの90%以上を占める乳頭ガンだと、細胞診で、ほぼ100%の確定で診断が下せます。年々と技術が進歩していますので、現在では2ミリ、3ミリときわめて小さなサイズのガンも見逃しません」

見逃してはいけないと言えば、もう1つ。バセドウ病と、本来ホルモンが下がる病気である橋本病で、一時的にホルモンが上昇する無痛性甲状腺炎との鑑別です。これらは、専門医でなければ、なかなか見極められないという。
「橋本病がバセドウ病と誤診されるケースがしばしばあります。実際は橋本病なのでホルモンの分泌を上げなければならないのに、バセドウ病に対する薬を投与され、火に油を注ぐような形で症状が悪化して来院される患者さんも少なからずいます。血液検査で抗体値の異常を正確に判断することで、大概のケースは容易に鑑別できますが、時にはシンチグラムという検査を行います」

-欧米ではバセドウ病治療の第一選択肢はアイソトープ治療法

バセドウ病の治療には薬、アイソトープ治療、手術の3種類がある。それぞれに一長一短があり、絶対的な治療は存在しないが、一番目は薬である。薬で苦痛はないが、治るまでに3~5年もの時間がかかる。

アイソトープ治療は放射線の内照射療法のこと。放射性ヨードの入ったカプセルを服用するだけの楽な治療。内服後6ヶ月くらいから効果が得られるうえに苦痛も全くない。20歳以上で、1年以内に妊娠出産の可能性がない人に勧められており、欧米では古くから第一選択となっている。しかし、国内では専用の設備を持つ病院が少ないため、行える場所がきわめて限られている。
手術は甲状腺を全摘する。治療効果は短期間で確実に得られるが、生涯にわたってホルモン剤を服用し続けなければならない。
橋本病の治療はシンプルで、不足している甲状腺ホルモンを薬で補充するだけである。多彩な症状が劇的に改善する。
「いずれも不治の病ではありませんし、治療法は確立されておりますのでご安心ください」

甲状腺にできる腫瘍は圧倒的に良性病変が多い。そこで良性腫瘍と確定診断できれば放置していても問題はないが、大きくなったものに対しては、PEIT (ペイト)という治療法が効果をあげている。これは、アルコールの一種であるエタノールを注入することによって腫瘍を壊死させる治療方法。腫瘍に直接注入して壊死させる手段と、血管に注射して腫瘍に送られている養分を抑えるという、2つの方法がある。

甲状腺の悪性腫瘍=がんは顕微鏡所見から4種類に分けられる。乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、未分化がん、がある。
濾胞がんは頻度が低いものの、肺や骨に転移をする場合があるので診断には細心の注意が必要。
髄様がんは甲状腺がんのなかでも1~2%と、さらにまれな疾患。特殊ながんで、遺伝性のものとそうでないものがある。副腎の褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症など、ほかの内分泌腺の病気と合併する多発性内分泌腺腫瘍症(MEN)もある。
未分化がんは、最も頻度が少ないものの、きわめて危険なガンである。体中、広範囲に転移することが多く、放射線治療、化学療法を併用して治療するが、それらも、なかなか敵わず予後が非常に悪い。

これらに比べ、進行が遅く、おとなしいのが乳頭がん。甲状腺がんの9割以上を占める。
「がんの治療成績については5年生存率という言葉を耳にされるかと思いますが、伊藤病院では25年生存率までを調べています。当院で手術した方については2000人近くを、きちんとフォローアップしておりますが、乳頭がんでなくなる方は20年経っても10%もいません。専門病院であれば、そのぐらい正確に治療できるがんですのでご安心ください」
乳頭がんの治療は、なんと言っても手術が基本。最近は縮小手術といって、エビデンスに基づき、健常な部分を出来るだけ残し、切除は必要最小限にとどめる手術が主流となり、患者さんの負担も軽くなってきた。

-早期発見には、患者が能動的になるしかない

甲状腺疾患は、治せる病気だが、残念ながら予防法はない。
全ての疾患が軽いうちに治療を始めたほうが、当然に治しやすいので、早期発見・早期治療が大切である。「なんだか具合が悪いと感じた時には、甲状腺疾患も疑って欲しい」と伊藤医師は繰り返す。

それにしても、40歳以上の女性の10人に1人ぐらいは罹るといわれるほど多い病気なのに、自治体の健康診断でも、人間ドッグでも、検査項目に入っていないのは問題だ。
「早期発見には、患者さんの方から、能動的に動いてもらうしかありません」

確かに。自分の体は自分で守る心構えを持ちたい。

(2013.9.17.)


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伊藤公一医師(医師情報)

伊藤病院 院長
国内屈指の甲状腺疾患専門病院・伊藤病院の3代目院長。1958年生まれ。北里大学医学部卒業、東京女子医科大学大学院修了。医師になって以来、国内外にて一貫してバセドウ病、橋本病、甲状腺がんなど甲状腺疾患に対する診療と研究に従事。
東京女子医科大学・筑波大学大学院 外科学教室 非常勤講師。日本医科大学 外科学教室 客員教授。主な著書に、『甲状腺の病気の最新治療―バセドウ病・橋本病・甲状腺腫瘍ほか』(主婦の友社 2011)、『図解 甲状腺の病気がよく分かる最新治療と正しい知識』(日東書院 2012)、『スーパー図解 甲状腺の病気―速やかな回復のための最新知識』(法研 2009)がある。