ドクターズガイド

第2話 卵子提供という選択

―不妊治療の選択肢として、卵子提供という方法もありますね。

田中温医師:「そうです。欧米では40歳以上の治療者は卵子提供の対象となります。日本は卵子提供を正式には容認していません。私はJISART(日本生殖補助医療標準化機関)OD-NET(卵子提供登録支援団体)に関わっていますが、ここで卵子提供が受けられるのは、女性は登録時に40歳未満で、卵子の老化による不妊については対象となっていません。そのため、今、海外に卵子提供を求める患者が3倍以上に増えているというのが現状です。特に、韓国、インド、タイ、ベトナムなどのアジアの国々に卵子提供を求める流れが加速していますが、それに対して政府は何もしていない。容認もしていないけど禁止もせず、黙認している状態です」

―海外での卵子提供について、先生はどうお考えですか。

田中温医師:「日本でできないのだから、しかたないでしょうね。私はもう10年ぐらい前から厚生労働省に何度も訴えてきました。まだ実現しておりませんが、今後も働きかけはしていくつもりです」

-卵子提供は、海外では一般的になっているのに、日本は役人の考え方がネックになって遅れてしまっているということでしょうか。

田中温医師田中温医師:「卵子提供については、一応、厚労省ではずっと審議してはいるのです。私も2年間、関わりました。ガイドラインの手前の草案はあります。その中では卵子提供を認めています。けれど、それはヴェニスの商人と一緒で、「肉は切っても血を出すな」みたいな法案なのです。事実上できないようになっています。なぜかというと、「兄弟姉妹からの提供は認めません。匿名です」と言っておきながら、子どもには、100%開示しなさいという。開示しろということは、これは匿名じゃなくなります。だから、進まないのです。たとえばODNETみたいな団体が『卵子に困っている人がいますから、ドナーになってください』と呼びかけると、多くの女性が、献血の感覚で手を上げる。私は子どももいるし、まだ若いからどうぞ、という人がいっぱいいるのです。しかも、無償で。ところがフタを開けてみたら、匿名と言っておきながら、子どもが15歳になったときに本当の母親を知りたい場合には100%開示します、ということになると、ほとんど、ひいちゃいますよね。『子ども産み終えたから卵子あげますよ。ただしプライバシーを守ってください』というのが普通でしょう。ところが、草案では、プライバシーは守れませんと。15歳になったら生まれたお子さんには言いますよ、と言われたら、ご主人が認めてくれますか?自分の子どもに、お母さんは実はもうひとり子どもがいるということを伝えるということなんです。それに加え、臨床心理士のカウンセリングを、親子双方4人で3回以上、審査を受けなければなりません」

―AID(精子提供)はそんなことをしなくていいですよね。

田中温医師:「AIDは60年の歴史があるからです」

―日本で行うことには倫理的に問題があるのですか。

田中温医師:「何もないです。日本には生殖に関しての法律はなにもないのです。ひとつあるのはクローン規制法だけです。なので、違法ではありません。ただ、産婦人科学会のガイドラインには抵触します。

結局、日本では、一番たくさんの治療で一番不毛な治療をしているのが40歳以上です。私は、野田聖子さんみたいなことをさせないための治療をしたいと、10年ぐらい前からずっと考えているのです。卵は採れる、でも質は悪い。では、どうするか。自分の卵の核に若い細胞質を融合させればいいのです。そうやって卵子を若返らせればいい。自分の卵に核がある。そして細胞質のなかにメッセンジャーRNAだとかいろんなタンパク質があって。核の遺伝子にも作用を及ぼすことが最近分かってきています。核と細胞質というのは簡単に交通していますから。若い患者様の同意のもとに提供してもらい、そのあとは核と細胞質を融合します。これで、2、3割の人は救える可能性があると思います」

―でも、これにも結局は卵子提供が必要ですよね。そうすると、国内ではネックになりませんか。

田中温医師:「なりません。核、すなわち遺伝子は自分のものを使用するので、生まれた子が自分の子じゃないのなら提供してもいいと言う人はいっぱいいます。実は、院内で『あなたの卵が複数とれたとき、こういう方のために無償で提供してくれますか』という内容で200人ぐらいにアンケートをとったところ、ほぼ100%がOKでした。ただ、生まれた子供に告知するという場合はゼロでした」

―自分の採卵時に、使用しない卵子を提供してもいいということですか。

田中温医師:「そうです。最後まで匿名で、自分のプライバシーが開示されないのであれば、提供者はいるのです。遺伝子は98%が核にあります。2%はミトコンドリアといって細胞質内にありますが、エネルギー産生に関する遺伝子で、表現系には関与しません。元気な人なら問題ない。私はこれを10年ぐらい前から研究していて、実験レベルではもう日本産科婦人科学会の倫理委員会は通っている。論文も書きました。ところが臨床応用はとうてい無理。たぶん日本の厚労省はすぐには認めない。けれど、これを行うことは有用なことと考えております。それで、どこかに同じことをやっているところがないかを調べたところ、イギリスで行っていたのです」

―すでに治療として実施されているのですか。

田中温医師:「ミトコンドリア病という病気があります。細胞質のなかにあるミトコンドリアDNAに変異があるという不治の病です。その場合は細胞質を入れ替えれば治る可能性が期待できます。このミトコンドリア病の治療に対し、6月27日のBBC放送で2年以内に臨床応用を認めると公表されました。これからは、老化卵子救済の一つの治療法となる可能性があります。これであれば、卵子提供は今までどおり行っても、倫理的な問題は発生しにくいと期待しています」

―今、この研究をされているのは、田中先生だけでしょうか。

田中温医師:「そのようです。世界中で何年か前に試みられたのですが、今は新しい報告はありません」

―核は老化しないのですか?

田中温医師:「します。先ほど、多くても2、3割と言ったのは、もし核内に老化の本体があった場合は、これは救えないというのが、反対意見の代表です。でもそれはやってみないとわかりません。というのは、老化マウスで実験を行うと成績が間違いなくあがってくるからです。今まで動物実験のデータで、人がまったく違うという事はあまりありません。体外受精だって、ネズミ研究の20年あとを追いかけてきました。年取った固体の卵子の核を若い固体の細胞質に入れ替えてやると、動物実験では発生率が上がってきます」

―これはいつごろ、ヒトに実用化されるのでしょうか。

田中温医師:「まだハッキリしたことはわかりませんが、実現されるように努力します。」

―反対されるのですか。

田中温医師:「まず反対されるでしょう。円形精子細胞も13年かかったのですから。着床前診断だって6年ぐらいかかっています」

―ほかにも、方法はありますか。

田中温医師:「iPS細胞が期待出来ますが、まだ時間がかかります。iPS細胞の魅力は、体細胞が使えるということです。ES細胞が伸びなかったのは、人の卵を使わなければならないから、倫理的に問題とされました。昨年、京都大学の研究チームがiPS細胞から卵子と精子を作り、体外受精させてマウスを誕生させることに成功しました」

■第1話: 卵子は急激に老化する →

田中温医師のプロフィール(もっと詳しい情報をみる⇒)

セントマザー産婦人科医院 院長
田中医師は1985年、国内で初めてギフト法(受精前の卵子と精子とを一緒に卵管内に戻す体外受精)による妊娠・出産に成功した、高度生殖医療の第一人者。特に、難治性高齢者不妊(高齢卵子)の治療においての実績があり、不妊症の福音ともいえるさまざまな治療法を確立してきた。無精子症治療をはじめとする、様々な男性不妊症の治療においても精子細胞を用いた顕微授精で継続的な実績をあげており、海外でも高い評価を得ている。現在は晩婚化に伴う卵子の老化を救う為の卵細胞質置換(卵子の若返り法)を、臨床への応用を目指して研究を続けている。

不妊症の関連情報(一覧)

[国内の卵子提供の現状]

厚生労働省の調査によると、卵子提供による出産は、2012年には3年前の3倍(推定300人)、母親の平均年齢は45.2歳で、大半が海外からの提供であるという。卵子提供を受けた国・地域については米国、タイ、日本、韓国、台湾、マレーシア、ロシアなど。45~49歳の年齢層が最も多く、55歳以上も4人いた。費用の目安は150万~600万円(渡航費・滞在費は含まれない)で、提供を受ける国によって差がある。卵子提供者の年齢、国籍は選べるようになっており、その国籍によっても費用が変わる。卵子提供を受けた場合の妊娠率は、50~75%と、発表しているエージェントや医療機関によって違いはあるが、格段に着床の数値は上がる。しかし、卵子提供を受けて妊娠した人のうち、妊娠高血圧症候群など、妊娠合併症を伴ったのは68%と高い数値を示しており、たとえ、妊娠に至ったとしても、母体への負担は大きいといえる。他人の卵子と精子による受精卵への免疫反応が原因との説もある。また、卵子提供で生まれた子供は、産みの母親が戸籍上の母親となり、遺伝による病気が見つかったときにも、本人が出自を知ることができない。国内では法律に基づく指針や規制はなく、法整備を求める声が高まっている。

(2013年9月2日)